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"英雄"になりたかった男『運び屋』

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試写で鑑賞しました。『グラン・トリノ』以来10年ぶりの監督・主演作は実在した90歳の麻薬の運び屋が主人公!『ハドソン川の奇跡』や『15時17分、パリ行き』とは打って変わった内容はどんな物になっているのか?

 


クリント・イーストウッド監督・主演『運び屋』特報

 

観る前の印象とだいぶ違い、中盤までは終始おじいちゃんのほのぼの麻薬運び!

カントリーミュージックを口ずさみ、寄り道しながら長距離ドライブを楽しむその様はとてもブツを運んでいるとは思えません。道中警察に車を止められても人生経験からくるユーモアや機転の利かせ方で回避。その見事な安定感にボスのお眼鏡にかない信用を勝ち得て豪遊。まさかの3Pにまで興じるトントン拍子の出世ぶり。しかし当然このまま上手くいくわけもなく…

 

この悠々自適ぶりはイーストウッドの素なんじゃあないか?っていうくらいに余裕しゃくしゃくで、大体の相手には物怖じしない辺りも本人の風格も相まって"怖いもの知らず"ではなく"熟練者の余裕"に見える不思議。

またキャラクターの人柄もあり、悪い奴らとも大体マイメンになっていく所も観ていてほっこりしますね。お目付役がつられてドライブ気分に浸っちゃうシーンとか和みます。

 

しかし主人公のアールは 「1日で咲いてすぐに枯れてしまう花」デイリリーを育てていて、品評会でも表彰されている著名な園芸家なんですが、まわりからの賛辞を優先するあまり家族をないがしろにしていて妻や娘からすっかり愛想を尽かされています。

この娘を演じているのがイーストウッド自身の実の娘であるアリソン・イーストウッドというまさかの親子共演!

この映画は実際の出来事から”インスパイア”されて作られています。つまり設定は事実からとられているが内容はオリジナルだということ(based on storyではない)。

ということはこの内容はイーストウッド自身の物語であるのではないか、と。

自身も映画賞をたくさん獲っており映画界では巨匠の地位を獲得していても、私生活には女性の影が多く家庭的とは言えなかった。むしろ悪いほう。これがそのまま作品内のアールの立ち振る舞いと被ってきます。

 

そして劇中内では自身の園芸場が差し押さえられてから麻薬の運び屋に転身、もう一度返り咲こうとしますが、彼が追い求めるものはどこまでいっても「賛辞」や「評価」といった「他者から見える憧れの自分」で、自分を支えてくれていたもの、本当に大事に思っていた家族という存在に気づいた時にはもう遅い。人生は自身が育てていたデイリリーの様に一度咲いてしまえば二度とその時が訪れることはない。後戻りのできないものであると気づき、後悔し贖罪する。

 

この事が近作で描いてきた「身近な英雄譚」と逆説的に響いているように思えました。

英雄的行動というものは誰かからの賞賛を得るために行うものではなく、誰かを助けたり救ったりする利他的な行動のオマケでしかない。

ハドソン川の奇跡』や『15時17分、パリ行き』がそうであったように為すべきことをなし、善意によって行動することが尊いのだと。

そう考えると近作とも通じるものがあると感じました。

 

グラン・トリノ』から10年、差別を越えたイーストウッドの目に写っていたのは栄誉に目を眩まされるのではなく、それをそばで見ていてくれた人達を大事にし、感謝していく。仕事ではなく家族を大切にする普遍的な、しかし時代の移り変わりを感じさせる景色でした。

 

 

 今作と同タッグの前作。こちらももちろんオススメ!

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